自分の感覚に正直に。


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道路横断中の牛ファミリー。

 

 

こんにちは。

 

この秋分に、思うこと。

 

世の中色んな人がいて、この間もサイコパスだとか言って 鼻息荒い文章を晒している私ですが、

人間、日々なんらかの気づきや成長があるもんです、いくつになっても。

 

過去、それがたとえ一分前のことであろうと、その時そう思ったことは今はその時点をもう超えている。

 

エナジーバンパイアという造語にあてはまるほどのエネルギー切れを起こしている人へ、

もう与えられるだけ与えていいのだ。

 

❛これは自分のエネルギー、自分のエネルギーがあーーーっ、❜

と思うから疲れるんだな。

 

自分てゆうやつは若い頃からよく人に、

良く言えば相談される。

悪く言えば愚痴られる。

そんなポジションでここまで生きてきたんですけど、

それならばもういっそ、いいんだ。これで。

どうなんだ。という意味不明な文ですが、私は、解っています。笑

これでいいのだ。

 

渦中にあるときはもんもんとしてしまいますが、過ぎればなんてことはない、と、ひとつ学んだ感じで次から気をつければよいだけですね。

 

気をつけることは、

それを、自分のエネルギーと認識するのではなく、

自分の身体に お空から、どこからともなくいつも充電されているパワフルなエネルギーであると。

それはカラにはならない。

お空からそのパワーは無限にやってくる。

欲しい人には、欲しいだけ自分という身体を通してパワーを与えてあげてよいのだ。

これをもう特技として生きていけばいいんだ。

どうってことはない。

自分は幸いこうやって充電されている。パワーは無限。

❛これは自分のものじゃ❜ なんて何に対しても思わなくていいのだ。

 

その時々で感じる思い、これを現していけばいいんだな。

嫌な場合は我慢せず断っていい。

与えて大丈夫なときは与えていい。

 

というなんだか当たり前なことを述べていますね。

 

そうなんです。嫌なことははっきり断ろうってことですね、いわゆる。

直感の如く感じる、ああちょっとなんか違う。っていう感覚に正直に自分を導いて行こう。

 

 

 

なんだか分かりづらい文面になってしまっています。

その時思った気持を咄嗟に文字で伝えようとするのは難しい。

こうゆうところに文才の無さが表れていますね。

 

 

ではまた。